コミュニケーションとは、交歓

 

2011年に論文を書いて以来

はっきり自覚したのです。

「おいしい」って意味、通じてない。

「かっこいい」も同じ。

人間って、テキトー。

コミュニケーションも、テキトー。

 

そのとき略したソシュールの論理

その論文はページ数が限られていたし、
エッジ(最先端の議論)を描いていたので
割愛したのですが、

コミュニケーションの根本的な論理、
具体的に書くと、🍎=林檎のような、
人間が使う言葉と意味の関係って
その言葉を駆使する会話って

「テキトーなんだよね~」という

フェルディナン・ド・ソシュール
Ferdinand de Saussure さんの主張、
コミュニケーションの理解にとって
とっても大事なんです。

詳しくは、
丸山圭三郎さん『ソシュールを読む』を!

 

そこに📍と来ると

世にあふれる
コミュニケーション論の位置が
見えてきます。

社会学のコミュニケーション論。
政治学のコミュニケーション論。
経営学とくに組織論の
    コミュニケーション論。

実はコミュニケーションを描いていない。
その結果や仮定、理路整然とした教訓ばかり。

ですから、この手の講義や専門書に触れても
コミュニケーションのこと、わかりません。

そんな疑問に直面しませんでしたか?

 

マスコミ論、広告論の…

歪みに気付くこともできます。

このジャンルが描く“コミュニケーション”。
正体は一方的な伝達。別名、認識の強制。

相手(例 視聴者)の認識を受け容れる寛容、
持ち合わせていません。

会話じゃないんです。
ですから、広告や宣伝にマッチします。

必然、
マーケティング・コミュニケーション論を
いくら学んでも、コミュニケーション、
わからない。

 

そこを乗り越えて

ソシュールさんの論理(それは、現在の
コミュニケーション論の基盤)に沿って
コミュニケーションを眺めるとき、

コミュニケーションって!

に、なれば。 amazing!

 

ポイントは認識の交換

わたしたちは、認識(:物事のとらえかた)を
交換し合って生きています。cf.知識、知恵

このプロセスをイメージしてください。

相手の認識を受け容れてこそ
コミュニケーション。

そう自覚してください。

 

そんな本を書いたのです

タイトルは『認識の交歓というアレ』

今、書いたことをわかりやすく
説明しています。

交換が交歓 with joyful …には理由があって。

 

お互いの認識を楽しく受け容れたら…

そんなコミュニケーションを
描いてみたかったんです。

 

できたら こんな事も

わたしたちと、会社やお店の
コミュニケーション。

広告はもちろん、多くのSNSも
一方的。自分の認識を押し付けるだけ。

あの不愉快( はっきり言います )を
解消できて。

わたしたちが持っている豊かな認識が
もっともっと広がって、
素敵な品や心遣いに出会えるような
気がして。

 

ですから表紙に。二つのメガホンらしき。

矢嶋ストーリーのmarketing 1coin series(7)『認識の交歓というアレ-これからのコミュニケーション論-』(著者、矢嶋剛Takeshi Yajima)の表紙です。

作品ページには抜き書きなども。

お立ち寄りいただければ幸いです。