多様な文体と奇妙な体験(論文と映画
『プラダを着た悪魔』の出会いなど)

 

今回はわたしの「書く」の軌跡を
辿ろうとおもいます。

振り返ってみると、
ずいぶんと色々なタイプの文章を書いてきた
ように思うのです。

18~19歳の頃は、気になる作家の文を真似して
何かを書きなぐっていた記憶があります。
(内容はすっかり忘れました)

大学院に入り、修士論文を書かないと
卒業できないときは
「である。したがって…」などと
偉そうに書いていました。

日本経済新聞社の研究機関である
日経産業消費研究所でデータ解析を
していた頃は報告書に
「その因子負荷量は…」などと
謎の言葉をまき散らし、

移籍した流通の研究所IDRでは、
流通の機能(例 出荷、商品の陳列)を
1つのネットワーク図にまとめて
「システムが、システムを…」と
言っていました。


ちょうどその頃、
通信販売について面白コラムを書け!
という話をいただき、
「ででん、でんでん。やじ馬(矢嶋)です」
な文章も書いたりして。

 

このバラバラ執筆経験は

生意気にも、書いている人(わたし)に

「ほら、この原稿にはこの文体で」
「これ書きたいなら、この文体を」と

しつこく注意をするのです。

 

文体とは文章のスタイルのことで、
新聞記事とか、コラムとか、論文とか、
それぞれの目的とルールがあります。

そのルールを持ち出しては
「これがぴったり」
「あれにしなさい」と
押し付けます。

う~ん。

それぞれの文体はしっかり学んできたし、
目的もルールも心得ているけれど、
文体に書く内容を縛られるのも
なんだかなぁ。

と思うと気持ちがとてもふつふつとしてきて
ちょっと反抗してみたくなるのです。

そんなある日。
ある大学の先生の退職記念の論文集に
論文を寄稿することになりました。

いい機会なので、日頃の反抗心を思い起こし、
学術論文という厳格な文体に
「ファッションってドキドキ」な感情を
思い切り流し込んでやろう!
そう決めたのです。

何のことやら?な読者もいるでしょうから
説明すると、学術論文は論理と証拠で構成される
「これがわかった、どうだ、どうだ」な事実を
書き連ねる文章で、
「わくわく」「どきどき」「きゃー」のような
心の揺れ、気持ちの昂りを入れ込むことを
本能的に嫌がるのです。

 

ディズニーランドのパレードを書くときも

(そんな論文があるか知らない)
パレードの存在は書けても、
パレードと一緒に踊るゲストのウキウキは
書けないのです。

でも反抗心は囁(ささや)きます。
「なんとか入れてみようよ」

そこで思い付いたのが
映画『プラダを着た悪魔』。

あの映画のワンシーンを論文の中に書いちゃう。
そのときの登場人物の気持ちも書いちゃう。
使われたグッズ、服や靴の雰囲気も書いちゃう。
見てろよ~になりまして。

でも敵(論文という文体)もなかなかやります。
「おまえの思い通り書かれたら
 論文にならないんだよ」
「書くなら、そのシーンを紹介する意義を
 先に示せ」
「何かの証明なら、そのシーンだけで
 終わらせるなよ。他にもあるぞ!を書け」
と鋭く迫ってくるのです。

むむむ。

そうか。はぁはぁ。仕方ないな。はぁはぁ。
論文だものな。はぁはぁ。

追い詰められ、次第に息は上り始め、
それでもなんとか押し込んじゃって。

その結末は…出来上がり(160ページ)
ご覧いただくとして、

勝利!とは呼べないけれど、
学術論文という文体と映画のシーンを
結んで新境地新感覚!はできました。

 

こんな調子で壁を突破!

その文体では「できない」「向いてない」に
あえてチャレンジして新世界を出現したい。

書くほどに、そんな気持ちは強まっていきます。

今なんとなく想っている新境地は

数字で笑いを表せるか?

ぜんぜん詰めていないのですけど、
「おかしい。腹がよじれる。ぎゃははは」を
数字で書いたら?書けるかな?

そんなことを考えています。

おまけ的な話を書くと…

 

文体の使い分けも巧くなって

こういうときにはAはダメだがBなら!

みたいな発想は自然にできます。

たとえば…

すごく些細な出来事や事実を発見。
それは確かに時代の変化の兆し。
書いて伝えたい。
しかし、一つの社会テーマ(英語でいうissue)に
するにはあまりにもささやか。どうする?

こんなときデータ分析は無力です。
調査した1000人のうち1人が同じ感覚を
もっていたとしても。
それは0.1%の偶然かも?で無視されるから。

データ分析と同じ論理(ほら実証できた!)を
重んじる論文も向いていません。

可能な文体は…
事実なら新聞記事。ただし、
事実だけでなく感覚も伝えるなら
新聞記事は不向き。
新聞は事実のメディアだからです。
となると、どの文体が…。

こんな感覚が身に付くようになります。

同時に、
「書く」って奥深いなぁ~も痛感。

なんか奇妙 strange な体験です。

いろいろ書いていくと…
というお話でした。

          (おわり)

 

追伸

今まで書いてきた文体については
わたしのサイトの執筆歴のページ
各文体の特徴を添えて並べてあります。

そのページでも、この投稿でも
現在書いている物語やエッセイ風には
触れていませんが、この文体について
いずれは書いてみよう。
そう思っています。

             矢嶋 剛