知の占有は愚策:小説『薔薇の名前』が教えてくれた

良書は、すばらしい刺激になります。
ウンベルト・エーコ Umberto Eco さんの小説『薔薇の名前』も。

この小説の舞台は、1300年代のヨーロッパ。
カトリックの僧院で起きた
連続殺人事件を描いています。
※1987年にショーン・コネリー主演で映画化
   
作品ジャンルはミステリーですが
(ネタバレはしませんから御安心を!)、

「なるほど~」は、
当時のカトリック教会に触れられる
点にあると思います。
 
    
カトリックの僧院で学び続ける修道士たちは、
自分たちの教義を守るために、
内部から湧き上がる矛盾を
「異端」として減殺し、外部世界を
「異教徒」として遠ざけます。
     
守ってきた価値観や学識が崩壊することを
極度に恐れます。
理由は、自身の社会的地位も危うくするから。
 
そのために彼らは…
 
  
教皇、皇帝、聖書、聖人、様々な怪物・怪人…
チョット難解で、ときに冗長な表現は、
 
この背景を理解しながら、推理してね!
という、エーコさんのお願いなのです。
 
そんな作品の読後感。
 
読み終わったとき、「怖いな」と感じました。
 
一部の者が情報や知識を独占し、
無知な者は永遠に無知でいる。
 
無理と矛盾を力で抑え込む。
そして社会は進歩を停める。
 
   
そうならないために…。
(下の「ドアは?」は、そういう意味!)
中世の尖塔の脇に「ドアは?」の文字。ウンベルト・エーコさんの小説『薔薇の名前』を想って。
 
 
みなさんも   
機会があれば、読んでみては!
 ※映画は魅せ方が違っているのです

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